
ただ、私が少し気になるのは、音楽の中に余白がないことなんですよね。
全部説明してしまう。全部盛り上げてしまう。全部聴き手に届けようとしてしまう。
でも、音楽って、聴き手が入り込む隙間が必要だと思うんです。
彼らの音楽は、聴き手が感動するタイミングまで用意されているような印象がある。ここで驚いてください、ここで泣いてください、ここで一緒に歌ってください、と。
それはエンターテインメントとしては立派ですよ。でも、私は音楽にそこまで親切であってほしいとは思わないんです。
少し意地悪な言い方をすれば、聴き手を信頼していない音楽にも聴こえるんですよね」
演奏技術もあるし、アレンジも非常に複雑です。音楽的な語彙も豊富だと思います。
ただ、音楽というのは、複雑なことをやれば豊かになるというものではないんですよ。
例えば、コードひとつ、ベースラインひとつ、ドラムの一発。それだけで聴き手の身体を動かすことができる。
そういう音楽の根本的な力があるんです。
彼らの場合、アレンジが非常に雄弁なんですね。雄弁すぎる。
歌も、コーラスも、転調も、音色も、全部が前に出てくる。結果として、何が一番聴き手に残るのかが曖昧になってしまう。
僕は、音楽に必要なのは情報量ではなく、必然性だと思っています。
なぜこの音がここにあるのか。なぜこのメロディーでなければならないのか。
その答えが、聴き終わったあとに自然と伝わってくる。それが名曲だと思うんですけどね」
チョッキ(笑)
ただね、最近の音楽を聴いていて思うんですけど、なんだか皆さん、音楽で優等生になろうとしているんじゃないかなって。
歌が上手くて、音域が広くて、言葉も綺麗で、映像にしたら絵になる。おまけにメッセージもある。
いや、立派ですよ。立派なんだけど、音楽ってそんなに立派じゃなくてもいいんじゃないの?
ちょっと下品だったり、くだらなかったり、意味が分からなかったり。そういうところから生まれる魅力もあるわけですよ。
彼らの音楽には、ものすごく立派な建物が建っているんだけど、そこに住んでいる人の生活感があまり見えてこないような感じがするんです。
もちろん、これは僕の勝手な感想ですけどね。
音楽って、もっといい加減でいいと思うんですよ。もっと格好悪くていい。
あんまり完璧にやられると、こっちも困っちゃうんですよね(笑)」
ただ、僕はギターを弾く人間なので、どうしても楽器の存在感というものを気にしてしまうんですよね。
最近の音楽は、音の作り込みが非常に進化しています。昔では考えられなかったような音も簡単に作れるし、アレンジの自由度も高い。
でも、だからこそ、演奏者自身の個性がどこにあるのかということが重要になってくると思うんです。
彼らの音楽は、非常に完成度が高い。ただ、個人的には、もう少し荒々しさがあってもいいんじゃないかなと思います。
ギターでも、完璧に弾くことが必ずしもいい演奏とは限らないんですよ。
多少の粗さや、弾いた瞬間の感情みたいなものが、その人の音楽を作っていく。
僕はそういう部分を大切にしたいですね。
それと、メロディーですね。
どんなにアレンジが豪華でも、ギター一本で弾いて成立するメロディーなのか。そこは結構大事にしています。
彼らが今後、もっとシンプルな編成で音楽を作ったときに、どんな魅力が出てくるのか。それは興味がありますね」
ただ、正直に言うと、僕はちょっと苦手なんですよね(笑)。
なんていうのかな、音楽を聴いていて、少し眩しすぎるというか。
すごく明るくて、エネルギーがあって、聴いている人を元気にしようという気持ちが伝わってくるんですけど、僕はもう少し、何も起こらないような音楽が好きなんです。
例えば、何となく寂しいとか、理由は分からないけど懐かしいとか、そういう曖昧な気持ちをそのまま置いておけるような音楽ですね。
彼らの音楽は、そういう曖昧さをあまり残さないような印象があって。
もちろん、それが魅力なんだと思うんですけど。
あと、これは本当に個人的な好みなんですけど、ちょっと歌が立派すぎるというか(笑)。
僕なんかは、もう少し頼りない歌でもいいと思っているので。
まあ、好き嫌いの話ですからね。彼らの音楽を好きな人がたくさんいるのも、よく分かります」
俳優として活動し、バラエティ番組に出演し、企業の商品とコラボレーションを行い、化粧を施した姿で映像作品に登場する。
それ自体を否定するつもりはありません。表現者が活動領域を広げることは自由です。
しかし、そこで疑問に思うのは、いったい何が表現の主体になっているのかということです。
音楽家が音楽を作る。その音楽が評価される。その結果として人々が興味を持つ。これは自然な順序です。
ところが現在は、音楽家自身がひとつの商品として成立し、その人物の容姿、振る舞い、出演番組、企業との関係性までもが消費の対象になっている。
音楽はその巨大なイメージを維持するための一要素になってはいないでしょうか。
また、MVをめぐる炎上についても、興味深い現象だと思います。
表現には当然、批判される自由があります。しかし、批判されたことによって作品の価値が決定されるわけでもありません。
一方で、批判を受けた際に、作品そのものよりもアーティストのイメージやファンの反応が前面に出てくるのであれば、そこではすでに音楽以外のものが主役になっています。
私は、音楽家が何を着ているか、どのような化粧をしているか、どの企業と契約しているかには、基本的に関心がありません。
ただ、それらが音楽を聴くための条件になってしまうのであれば、少々困ったことです。
音楽は、聴くために存在するものです。
音楽家の人生をすべて追跡し、消費し、支持することまでが音楽鑑賞であるかのような風潮には、私は距離を置きたいと思います」
ペイス
4人くらいいるだろ
まあ、ずいぶんと華やかだね。歌も上手いし、映像も金がかかっている。ずいぶん忙しそうな連中だ。
ただ、音楽よりも彼らが何を着ているか、どんな化粧をしているか、どこの企業とコラボレーションしたかという話ばかり耳にする。日本ではそれが普通なのか?
広告代理店がアーティストのイメージを管理して、テレビに出演させて、俳優までやらせる。正直、俺にはよく分からないね。
俺ならギブソンやアディダスが俺の写真を使いたいと言ってきたら、向こうから金をもらうよ。
ところが彼らは違うらしい。自分たちの曲を企業の広告に使ってもらうために、逆に金を払ってでも使わせたいんだって?
笑えるぜ。
自分の音楽を宣伝するために、自分で金を払うのか? それはミュージシャンというより、広告代理店の営業マンじゃないか。
まあ、金を稼ぐことは悪いことじゃない。俺だって金は好きだよ。だが、自分が何者なのかまで広告代理店に決めてもらうつもりはないね。
次は歯ブラシか? 彼らの顔が印刷された歯ブラシでも売ればいい。
俺はギターを弾いて曲を書く。彼らは会議室で次のコラボレーションについて話し合う。ずいぶん違う仕事だが、どちらも仕事には違いないね」
ずいぶん化粧に時間をかけているようだな。歌を歌う前に鏡と相談でもしているのか?
広告代理店だか何だか知らないが、連中はミュージシャンなのか、それとも商品のパッケージなのか?
俺ならアディダスが俺の写真を使いたいと言ってきたら金をもらう。ギブソンだってそうさ。
ところが彼らは逆に金を払って曲を使ってもらいたいんだろ? クソ笑えるね。
ロックンロールをやってるのか、就職活動をやってるのか、どっちなんだ?
まあ、好きにすればいいさ。俺はあんなことをするくらいなら家で寝ているね。
次の質問はあるか? もう帰ってビールを飲みたいんだ。」
ただ、僕はちょっと苦手かもしれないです。
なんて言えばいいんだろう……音楽を聴いていると、すごく強い光を当てられているような感じがするんですよね。
僕は、音楽って必ずしも誰かを励ましたり、前向きにしたりしなくてもいいと思っていて。
何も解決しないまま終わる曲があってもいいし、聴いたあとに余計に寂しくなるような曲があってもいい。
そういうものを、僕は大切にしたいんです。
彼らの音楽は、聴く人に何かを届けようとする力がすごく強いですよね。
でも、僕はもう少し、聴いた人が自分で何かを見つけられるような音楽が好きなんです。
……まあ、本当に好みの問題だと思います。
彼らの音楽を好きな人に、わざわざ聴くなと言うつもりもないですし。
ただ、僕は自分が作る音楽では、あまり眩しい場所に立ちたくないなと思います」
ただ、少し気になるのは、音楽があまりにも広告やマーケティングと一体化していることですね。
例えば、アーティストが企業の商品とコラボレーションすること自体は、別に珍しいことではありません。僕らだって音楽を届けるために、さまざまな媒体や仕組みを利用します。
でも、音楽を届けることと、アーティストという存在を商品として流通させることは、似ているようで違うと思うんです。
彼らの場合、音楽だけではなく、本人たちの容姿やキャラクター、出演する番組、ファッションまで含めて、一つの大きなコンテンツになっている。
それが現在のエンターテインメントのあり方なのかもしれません。
ただ、僕は少し怖いとも思います。
企業にとって都合のいいイメージを維持することが優先されると、表現者が本来持っているはずの批評性や、社会に対する違和感のようなものが、どんどん失われてしまう可能性がある。
音楽って、本来はもう少し面倒くさいものでもいいと思うんですよ。
誰かを不快にさせたり、簡単には理解されなかったり、売れることとは別のところに価値があったりする。
もちろん、彼らがそういう表現をしていないと断言するつもりはありません。
ただ、今の日本の音楽業界を見ていると、アーティストが企業やメディアにとって扱いやすい存在であることが、以前よりも重要になっているような気がしますね」
あとね、気になったのが、女性ファンが多いということなんですよ。いや、別に女性ファンが多いのが悪いとは言ってないですよ? ただ、女性ファンが多い。非常に多い。これはどういうことなのかなと。ライブ会場も女性が多いんですかね? ええ。なんかこう、キャーキャー言われてね。黄色い声援を浴びて。うーん、僕にはちょっと理解できない部分がありますね。僕だってね、女性ファンがいてもおかしくないと思うんですよ。はい。それなのに彼らばっかりチヤホヤされてね。これはちょっと不公平じゃないかなと。
あと、企業とのコラボとか、テレビ出演とか、そういうのもね、すごいですよね。僕もYouTubeで活動していた時期がありますけども、やっぱり自分の力で勝負するということが大事だと思うんですよ。彼らはちょっとね、キラキラしすぎてるんじゃないかなと。もっとおふざけが足りない。はい。
まあ、僕は彼らのような音楽は作れませんけども、彼らも僕のような動画は作れないと思いますので。そこはね、お互い様ということで。ご視聴ありがとうございました。」
負け惜しみ
ワイらの時代はB’zやミスチルもアホみたいに批判されてたわ



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