3.11で馬術場に取り残され津波に飲まれた55頭の馬、津波後に所長が戻ると36頭が無事。実は泳ぎが得意だっため生き延びる

津波生き延びた馬と海沿いのにぎわいを　馬術場の願い
大宮慎次朗2021年3月6日10時30分
https://www.asahi.com/amp/articles/ASP356TWFP2XUNHB00C.html

【宮城】
海沿いの馬術場に、津波を生き延びた3頭の馬がいる。
「奇跡の馬」。そう呼ばれてきた。
一帯は被災して散り散りになったが、約2年半前に戻って来た。
馬術場の所長を務める木幡（こわた）良彦さん（56）は
「人が住めなくなった土地だからこそやる意味がある」と言う。

肌を刺す寒風のなか、金を帯びたたてがみを揺らして雌馬のキャンディ（18）がやって来た。
人間だと70歳を超す高齢だという。手綱を引く木幡さんは「長生きして欲しいなあ」とつぶやいた。

「海岸公園馬術場」（仙台市若林区）は2018年7月、海から約800メートルの東部復興道路（かさ上げ道路）沿いで
再開した。敷地約3万平方メートル。かつて周辺には民家や田畑があったが、
いまは災害危険区域となって人は住めず、まだ松林も生えそろっていない。

10年前、乗馬のレッスン中だった木幡さんは防災無線が鳴り響く中、車で避難した。
仙台空港が津波にのまれるニュース映像を目にしてがくぜんとした。
厩舎（きゅうしゃ）には55頭がいたが、「全滅だ」と直感した。

翌朝、馬術場に向かうと、辺り一面が水につかり、まるで湖だった。
遠くに厩舎が残っているのだけは確認できた。

馬術場からさらに内陸に2キロほどのところを走る高速道「仙台東部道路」で、津波はせき止められたようだった。
周辺を歩いていると、道の真ん中に見覚えのあるたてがみの馬がじっと立っていた。キャンディだった。
馬は泳ぎが得意だとは言え、津波から生き延びたのは奇跡だと思った。

水が引いた13日、厩舎に他の馬の姿もあった。
全国からの応援スタッフとともに生き残りを捜索。
がれきに挟まった馬を助け出したり、泥に埋まって死んだ馬を運び出したり。
「こんな時に馬の命か」との声もあったが、人間に危害を加えるリスクがあった。
55頭のうち36頭が無事で、県外の乗馬クラブに移した。

馬術場のあった海岸公園はがれきの搬入場となり、周辺は災害危険区域になった。
事態が変わったのは13年。仙台市が「復興のシンボル」として公園の整備方針を打ち出し、復旧が始まった。

市が馬術場の再開を支援し、木幡さんが所属する「乗馬クラブクレイン」（大阪府羽曳野市）が
再び運営することになった。

キャンディを含む3頭が戻ってきて再開。
オープニングセレモニーにはかつての住民たちも参加し、
「沿岸部が懐かしい」「久しぶりのキャンディだ」と口々に言った。
馬術で五輪に出たこともある木幡さんは、自慢の演技を披露して盛り上げた。

いま、厩舎にいるのは、一昨年誕生したばかりのポニーや、名馬ディープインパクトを父に持つ馬など
26頭に増えた。柵に囲われた砂地の練習場で子どもたちがインストラクターからレッスンを受ける。
キャンディは初心者向けの体験乗馬を担当する。

「『復興した』とはまだ言えないよ」。
木幡さんはそう漏らす。会員は400人ほどで震災前の半分にとどまる。
それでも、近くでは農園や娯楽施設が順次開かれる予定で、少しずつ人の流れが戻りつつある。

管理棟には震災当時の写真や経験談を伝えるパネルも設けた。
復興は少しずつで、にぎわいを取り戻すのもこれからだ。
「みんなが戻ってきてくれたらいいね」。
木幡さんはそう言って、キャンディの鼻をなでた。（大宮慎次朗）

年末突堤から海に転げ落ちたときはちゃんと犬かきして浮いてて呼んだら泳いでこっちにスイスイっと戻ってきてやっぱ動物ってすごいなと思った